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ふるえる技術

「震え」を探求するサイト。旧タイトル「割って飲む。」

加計学園問題における超「国語力」のある方々

 

以下のような国語の問題があったとする。

 

問題

次の文章を読んで「官邸の最高レベル(の人物)は、なぜ最短のスケジュールを作成して共有して欲しいと言っているのか」を答えなさい。

成田市の案件とは「国家戦略特区である千葉県成田市国際医療福祉大学が医学部を新設する」というものである。

 

平成30年4月開学を大前提に、逆算して最短のスケジュールを作成し、共有いただきたい。成田市(の案件)ほど時間はかけられない。これは官邸の最高レベルが言っていること。

 

正解はこうだろう。

 

答え

成田市(の医学部新設案件)ほど時間をかけることができない」と官邸の最高レベル(の人物)が感じているから

 

もっと言うと「最短のスケジュール」となっているところから、「成田市の案件は時間がかかりすぎた部分が失敗だったと官邸の最高レベルが感じている」という要素を加えても良いかもしれない。

 

つまりこの文章を素直に解釈すれば、成田市の医学部新設案件は時間がかかりすぎた点が失敗だった。今回の獣医学部の件ではその反省を踏まえ、最短のスケジュールで進めたい」となるはずだ。

 

しかし我々は大人になるにつれて、どうも普通の国語力を超越した「超国語力」が身につくらしい。

こんな普通の回答はすっ飛ばして、超国語力を持つ大人はこう答える。

安倍総理と加計 孝太郎氏(加計学園長理事長)がオトモダチだから」

 

「総理のご意向」メモが重要ならなおさら

 

誤解なきよう言っておくが、私は「安倍総理と加計 孝太郎氏(加計学園長理事長)がオトモダチだから」という理由を否定しているのではない。その可能性は十分にあると思っている。

 

しかしこの「総理のご意向」文書を見る限りにおいては、官邸の最高レベルも総理も「成田市の医学部新設案件」のことがあって文科省にプレッシャーをかけている可能性の方が圧倒的に高い。

「総理のご意向」文書の全文はここに載っている)

 

なので別にオトモダチの線を探るのは自由だが、だったらそれより可能性の高い「成田市の医学部新設案件」の方をもっと探った方が良いのではないかというのが私の意見だ。

少なくとも「これは超重要な文書だ」と叫んでおきながら、成田市の医学部新設案件をすっ飛ばす神経が私にはどうも分からない。

 

味付けしたことをすっかり忘れてしまう

 

「すっ飛ばす神経が私には分からない」と書いたが、いや、実は理解しているつもりだ。

 

超国語力を持った人たちは、その逞しい想像力をもって「総理がオトモダチに利益供与した」ということをどうしても言いたいのだろう。

超国語力の持ち主たちは、まず問題があってそれに答えるなんて地味なことはしない。発想の逆転である。答えが先にあって、その方向に問題を「超解釈」するのだ。いや、もしかしたら問題すら見ていないのかもしれない。

 

あなたが食堂を経営していたとする。

あなたが作った料理に対して、ある客がカバンの中から謎の調味料をわんさか取り出し、料理が見えなくなるまでかけ続ける。

食べ終わった後、その客はあなたにこう言うのだ。

「おたくの料理、イマイチっすね」

 

文書の内容に対して、逞しい想像力で味付けをすることは自由だ。

ただ当然ながら、それは元の料理とは言えない。

もし自分が味付けしたことをスッカリ忘れて、もともとこういう料理だと主張するのであれば、それは何かの病なのかもしれないの注意した方が良い。

 

 

 

左翼がインターネットとの相性よくない理由は、とてもシンプル

 

こんな記事を読んだ。

 

togetter.com

 

「左系がインターネットとの相性よくない理由はとてもシンプルだ」

と私は思っている。

 

理由は2つある。

  1. そもそも左系の思考は、必然的に矛盾するようにできている
  2. インターネットには、過去の言動の記録が消えずに残っている

 

順番に説明していきたい。

 

左翼の思考は矛盾するようにできている

 

「アベガー」「原発ガー」的な人々を左系の典型として考えてみる。

「彼らは一般とは大きく異なる思考をしている」と私は思っている。

それは「言動ではなく、人やモノ基準で正しい正しくない」を決めてしまうところだ。

たとえ善人と悪人が同じ行動をしても、善人には良い解釈を、悪人には悪い解釈を与えるのだ。

 

彼らは決して「安倍晋三は悪」「原発は悪」などといった点をブラさない。

それはまるで、「イエスは神」であることを決してブラさないキリスト教信者のようだ。

そう、この思考は信仰に似ているのだ。

 

たとえば森友問題。

 

流行語になった「忖度」はもちろん犯罪ではなく、ましてや斡旋収賄罪が成立しそうな気配も全くないこの問題に対して、左系が熱心に行った努力は「いかにアベが悪いことをしているか」という空気の醸成だった。

そしてその過程で起こった「安倍総理を責め立てたのと同じ理屈で、辻元清美は説明責任を果たすべきではないか」という疑問には応えず、情報公開を行うどころか、マスコミに対し辻元清美の件には触れないよう要求をしていたことも明らかとなった。

 

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つまり「人を基準にして正しいかどうかを決めてしまう思考」は、言動レベルで矛盾が生じるため、ほぼ必ずブーメランとなって返ってくるのだ。

 

一般的な「公正」とは、言動が正しいかどうかである。

裁判所で「お前がやった証拠は出てこなかったが、お前は前科●犯の悪人だから有罪」なんてことになったらたまったものではない。それこそ魔女狩りになってしまうだろう。

もちろんそこまでは極端ではないものの、この「その人が正しい人かどうか」という思考は、左系に色濃く出る傾向がある。

 

また先ほども述べたように、この思考は「信仰」に近いため、知的レベルに相関しない。

だからこそ、知識人であるはずの経済学者が「安倍を倒すために景気を悪くしよう」などと「健康のためなら死ねる」発言をしてしまうのだ。

 

togetter.com

 

 

 

インターネットは過去の記録を消さない

 

「人基準での公正」は、何も最近始まった話ではない。安保闘争などの歴史がそれを証明している。

 

ただ一方でこの「言動ではなく、人が正しいかどうか」にも良い点がある。

それは「とにかく分かりやすい」ということである。

 

一度その人を善人か悪人か決めてしまえば、あとは楽な話だ。たとえ善人と悪人が同じ行動をしたとしても、善人には良い解釈を、悪人には悪い解釈を与えれば良い。

そしてこの「分かりやすさ」は、インターネット以前のマスコミと大変相性が良かった。なぜなら「マスコミの力が圧倒的に強かった」からである。

圧倒的に分かりやすいことを、圧倒的に強い力で広めるのだ。

都合の悪いことには触れなければ良い。

世の中の空気を狙ったように膨らませることは、そんなに難しい話ではなかったはずだ。少なくとも今よりは圧倒的に簡単だっただろう。

 

しかしインターネットの登場により、マスコミの力は弱まった。

あらゆる方向から水を差すことが可能になったし、また水を差すための証拠もネット上には消えずに残っているのだ。

 

最後に

 

以前にも書いたが、トランプ大統領のシリア空爆を、アメリカの左派の多くは絶賛したらしい。

 

例えばトランプ嫌いで知られるニューヨーク・タイムズニコラス・クリストフも、トランプのこの判断を支持している。

 

 

ニコラス・クリストフ」で検索してもらえるとすぐに分かるが、彼のトランプ嫌いは相当なものである。

同じ左系であっても「人基準か言動基準か」でこのような違いが出るのだと、私は思っている。

 

私が知っている限りでは少ないが、日本にも言動基準の左系の人は存在する。

 

 

 

今後「言動基準」で公正さをはかるリベラルが増えることを、私は期待しています。

 

 

 

 

 

『安倍首相「教育無償化へ憲法改正」のウソ……』という酷い記事に水を差してみる

 

安倍首相「教育無償化へ憲法改正」のウソ→改憲なしで実現した高校授業料無償化を廃止したのが安倍政権

という井上伸さんの記事が人気になっています。

 

blogos.com 

 

ただ私にとってはナカナカに酷い記事だったので、水を差してみようと思います。

 

国語の問題なら×のつく意訳

 

すべての教育の無償化のために憲法改正が必要だと安倍首相(自民党総裁)は言っているわけですが、

 

言っていません。

引用部分を見ると、安倍総理は「教育無償化を憲法改正の優先項目」と言っているようです。意味が違います。もしこれが国語の問題であれば、0点です。

 

実際、安倍政権は2014年4月から高校授業料無償化を廃止してしまいました。

 

言葉が雑です。

正しくは「所得制限を設けた」です。まあ部分的には無償化が廃止される形になったので、国語の問題であれば△で部分点といったところでしょうか。

 


ついでに、引用されているツイートの「教育無償化や環境権は立法政策で実現出来ます」というところにも言及してみます。

 

 

 

この異邦人さんのように、「憲法なんかでやる必要はない。法律でできるんやから法律でやれや!」という主張をよく見かけます。

 

もも教育無償化に賛成なら、憲法に載せた方が良いですよね。

だって法律なら簡単にできるかもしれないけど、簡単に変えることもできるじゃないですか。ホラ、まるで自民党が所得制限を設けたみたいに。憲法の方がよっぽど変えるの大変じゃないですか。

(ちなみに憲法だと時間がかかりそうだから、法律で早くやって欲しいという部分には同意しています)

 

主張を変えることの何が問題なんだろう

 

高校授業料無償化は、「将来に責任を持たない政策」、「将来の子供たちにツケを廻すもの」、「ただのバラマキをしているだけ」、「選挙目当てのバラマキ政策」、「(高校授業料無償化を続ければ)財政破綻国家に転落することは間違いない」と自民党は断言してきました。

 

これの何が問題なのでしょうか。自民党全体としては分かりませんが、少なくとも安倍総理に関して言えば、旧来のこの主張を今回変更するということですよね。

 

いや、教育無償化に反対の人が「今までエエこと言うてたのに、なんで今さら主張を変えるんや!」と言うんだったら分かりますよ。

でも教育無償化に賛成の人にとってはとても良いことじゃないですか。

なぜこれが問題になるのか分かりません(皮肉な意味合いで)。

 

最も酷いデータの解釈

 

教育無償化についての予算は「バラマキ」だと口汚く批判して世界最低にまで削減し、軍事費だけは世界有数の規模を確保してきたのが自民党です。日本を「高等教育予算は世界最低、軍事費は世界8位」にしたのが自民党なのです。


日本の教育費と軍事費に関してデータを用いて主張されているのですが、コレがまあ酷い。

 

教育費の方から見てみます。

 

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まずこれ、2013年のデータですよね。

またリンク先を見る限り、

教育機関への公的支出においては「2007年~2012年までが最下位」で、2013年に7年ぶりに最下位を免れた

という内容でした。

 

第2次安倍内閣は2012年12月26日~なのですよ。

このデータを「第2次安倍政権が発足した2013年に最下位を脱することができた」という主張のために使うのなら、まだ分かります。

しかし民主党政権時に、一度も最下位を脱することができなかったことを考えれば、このデータを使って「自民党が教育費を最低にまで削減した」などとは、とうてい主張できる話ではないと思うのですが……。

 

次に軍事費について。

軍事費は教育費の比較対象として挙げられています。

だったら軍事費も教育費と同様、対GDP比で考える方が適切なのではないでしょうか。

 

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筆者の井上伸さんが「軍事費が世界8位」と述べるために使ったデータが↑です。ここに2016年の対GDP比も載っているんですね。一番右の数字です。

いかがでしょうか。このデータの国の中で、日本は最下位なんですよ。

 

最後に 

 

改憲目当てに教育無償化をただ利用しているにすぎない」

 

井上伸さんは↑のように主張されています。

事実は分かりませんが、印象としては私もこの部分に同意をします。

 

しかし。これの一体何が問題なのでしょう。

私もそうですが、「幼児から大学などの高等教育までの教育無償化」に賛成の立場の人間であれば、首相が教育無償化を憲法に盛り込もうとすることは、とても喜ばしいことなのではないでしょうか。形はどうであれ。

 

ここからは印象の話になるので恐縮ですが、今回のように改憲目当てに教育無償化をただ利用しているにすぎない」的な主張をする中には、「だから改憲は阻止しなければならない」とか「だから安倍はダメだ」といったところに結びつけようとする方が、少なからずいらっしゃるように感じます。

でもそういう方々も、実は自分の主張のために教育無償化を利用していますよね。改憲目当てに教育無償化をただ利用しているにすぎない」のと同じように。

 

ちなみに私は「別に利用してもいいんじゃないか」と思っています。

だから「安倍総理改憲目当てに教育無償化をただ利用しているにすぎない」という仮説を、自分の主張のために利用することには反対しません。

しかしそのためにヒドい意訳やヒドいデータ解釈をすることには、もちろんのこと賛成できません。

 

またそのようなことを頻繁にしてしまうからこそ、この手の主張をされる方への支持がどんどん減っていくように感じているのです。