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ふるえる技術

「震え」を探求するサイト。旧タイトル「割って飲む。」

日本がナゼ1番成功した社会主義国になれたか分かった

 

皆さんご存知のように、日本は民主主義の国です。

ところが「日本は世界で最も成功した社会主義国だ」とも言われています。

 

日本は世界で一番成功した社会主義国だ(ゴルバチョフ

 

日本こそ、ソ連や中国がお手本にすべき社会主義国です(江副浩正 リクルート創業者)


日本人ほど社会主義になじみやすく、不勉強でお上に靡きやすい国民は稀である(小林秀雄 文芸評論家)

 

民主主義の国であるはずの日本が、なぜ社会主義と言われるのか。

それは日本人が「倫理の尺度を人間におく民族」だからではないでしょうか。

 

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倫理の尺度を人におくってどういうこと?

 

まず「尺度って何?」って話から書きます。

例えばm(メートル)は尺度ですよね。長さを測る尺度です。1メートルがなぜこの長さなのかは、光が真空中をドウタラとか難しいので置いておきますが、とにかくコレって絶対的ですよね。つまり時と場合によって、1メートルの長さが変わることはないワケです。

 

ここまでは誰でも納得する話だと思います。しかしココからが日本人にはフィットしにくく「はあ?何言ってんの?」となる話のようです。なので「はあ?」と思った方は、ある意味健全な日本人なのかもしれません。


フィットしにくい話というのは、実は倫理観や宗教も尺度だということです。つまりさっきのメートルと同じです。

ホラ、だからキリスト教とかイスラム教とかって、めちゃめちゃ厳しい決まりがあるでしょ。あの決まりってメートルと同じで、時と場合によりませんよね。いわゆる「戒律」ってヤツです。


そしてキリスト教イスラム教を見れば分かりますが、コレらの宗教の戒律(決まり)を作っているのって、人ではないですよね。神です。

つまりさっきのメートルと同じで、人間ではないものによって尺度が決められているワケです。


ところが日本人の場合、倫理の尺度って宗教じゃないですよね。一応仏教国となっていますが、仏教の戒律とか知ってます?そもそも戒律って考え自体がハテナな人も多いかと思います。

じゃあ何なの?って話ですが、日本人の場合、倫理の尺度は人ですよね。だから時と場合によって、正しいとされることが変わるのです。

 

小難しいので、かけっこの例で柔らかくしてみます


んー難しいので、分かりやすくするために例を出してみます。

 

いつでしたかケッコウ前に、運動会のかけっこ競争で順位をつけないことが問題になりました(ゆとりの頃でしたっけ?)。つまり足が速くても遅くても、みんな1番。みんな同じ。もともと特別なオンリー1なワケです。

 

コレはあまりにも極端すぎたので問題になりましたが、極端というだけで、日本的な平等という意味では実に理にかなっています

 

だって「尺度が人」であれば、みんな同じになるのは当然です。だって、みんな人ですから。だから「人という尺度」で「足の速さ」を測ったら、みんなが一緒の順位になるのは、当たり前のことなのです。

 

ところが海外の場合は、こんな発想はナカナカ出てきません。いや出て来てもナカナカなじめないというのが正確な表現でしょうか。だって彼らにとっての尺度は、人間でははないですから。

 

さっきのかけっこ競争の例でいうと、彼らにとっての平等とは、秒数という正しい尺度で正確に人を測るということなのです。だから秒数という尺度で測ったときに、足が速いとされる人も遅いとされる人も出て当然。個人個人で差が出て当たり前だし、むしろ差をつけないことは公平ではないワケです。

 

日本人はもともと社会主義

 

と、ようやくここで冒頭に戻ります。社会主義です。

 

「人が尺度」という日本人の思想は、「社会主義」という言葉が生まれるよりもズット前から根付いているものだと思いますが、コレってもうすでに社会主義じゃないですか。

だって社会主義国の「どれだけ働いても皆同じ賃金」というのも、尺度が人なら当然の話ですよね。さっきのかけっこ競争と同じです。みんな人という点では同じなんだから、同じお金をもらって当然なのです。


まあもちろん、実際はもっとゆるい感じになると思いますよ。宗教が強い国なんかを見ても、なんだかんだ理由をつけて、自分たちに都合の良いように解釈しようとしてますよね。あくまで古くから根付いている根本的な思想の差だと思います。

ただなんにせよ、こういった視点で世の中のできことを見たとき、なんとなく納得いくものがないでしょうか。

 

例えば世界では格差が深刻な問題になっていて、もちろん日本でも叫ばれているんですけど、日本の中の格差って世界的には小さいですよね。

そういったこともこの日本人特有の考えによるものが大きいのではないかと思うワケです。

 

 

 

と偉そうに書いてきましたがコノ話、私独自のモノではなく、↓の受け売りです。

 

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

 

 

毎回書いているような気がしますが、だいぶ前の本ながら今でも十分すぎるほど通用するのではないかと私は思っているワケでございます。

決算発表前に売るのか持ち越すのか

 

やってしまいました。決算発表前という理由で手放したエムビーエス (1401)が本日S高です。。

 

エムビーエス (1401)がストップ高

 

 

 

先日の記事↓にも書いたのですが、私は基本決算発表は跨がずポジション整理するというルールを決めています。

 

yokoamijiro.hatenablog.jp

 

でも昨年後半から投資手法を大きく変えたので、この決算またがずルールも変えた方が良いんですかね。

一度じっくり考えてみたいと思います。

 

日本アセットマーケティング (8922)が6.15%のマイナス

 

前場の段階で一部利確するかを検討したのですが、まあ出来高とか見る限りまだ余裕あるんじゃないかとイキガッていましたが、ダメでしたね。。結局、後場で半分利確しました。

残り半分どうするかですね。明日ダメそうなら全部きっちゃおうかな。

 

高田工業所 (1966)をお試し買い

 

「おーイキそうちゃうんか、これ」という感じで、前場にて試し買いしました。

でも株価はともかく、出来高が予想していたほど伸びなかったですね。まあコレも様子見します。

 

 

 

ちなみに試し買いつながりでいくと、パウダーテック (5695)も狙っていたのですが、うまく拾えませんでした。展開次第ですが、明日またチャレンジするつもりです。

 

 

 

初詣「ベビーカー自粛」論争で寺として当たり前の論点が出ない不思議

 

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年始早々、初詣「ベビーカー自粛」論争があった。

 

bylines.news.yahoo.co.jp

 

で、倫理観の違いによってかなりの対立が起きたが、寺側の事情が説明されると「そんな事情があったんじゃしょうがないよね」と一気に収束を迎えそうな様子だ。

 

www.j-cast.com

 

これはとても面白い。というのも、一通りチェックしたコメントの中に「ベビーカー自粛は仏教(この乗蓮寺は浄土宗)の教義と照らし合わせてどうなのか」という論点を1つも見つけられなかったからだ。

ちなみに記事を見る限りにおいては、この乗蓮寺の僧侶もご自身の個人的な思いのみで↓浄土宗の教義としてどうなのかという視点はないように思われる。

 

取材に対し住職は、自分も孫をベビーカーに乗せて散歩に行くのが楽しみなため、自粛の看板を出すのはとても残念だった、としたうえで、ネット上で今回の件が「差別」や「少子化」問題になるのは想像もつかなかったし、それが寺に対する批判にも繋がっているとし頭を抱えていた。

 

海外のキリスト教会ならどうだったのか

 

飲食店なら分かる。単なる公共施設でも良いかもしれない。しかし今回の舞台は、仏教寺である。

仏教の寺における倫理的な問題に対し、仏教の教義から語られることがないというのはマコトに不思議な話ではないだろうか。

 

例えば海外のキリスト教会で似たような問題が起きたら、どうなんだろう。当然のようにキリスト教の教義と照らし合わせてどうなのかという話は出ると思うのだが。。ミャンマーやタイなどの仏教国だったら?

 

良いか悪いかを論じる気はなく、コノ辺が本当に日本らしい部分だと感じるのである。

 

日本人には「やむを得なかった」が効く

 

山本七平著『「空気」の研究』では、まさにコノことが語られている。

 

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

 

 

他の国とは異なり、日本人が絶対とする教義は「空気」である。なので、いかに「この情況ではしょうがなかった」「やむを得なかった」という空気を作るかが重要なのだ。

 

実際今回の「ベビーカー自粛」論争も、あれだけ倫理観についての言い争いがあったにも関わらず、寺の「やもえない」事情が明らかになった時点で簡単に決着してしまったように見える。
こういう決着のつき方は、大小問わずよく見られる光景だ。私は海外住みの経験がないので断言はできないが、こういう流れは日本独特のものではないだろうか。

 

以上『初詣「ベビーカー自粛」論争で当たり前の論点が出ない不思議』でした。最後までご覧くださいまして、誠にありがとうございました。