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ふるえる技術

「震え」を探求するサイト。旧タイトル「割って飲む。」

原真人氏は熱心な朝日新聞教徒なのかもしれない

 

新年早々、興味深い記事を読んだ。

 

www.asahi.com

 

もはや誰が書いたか見なくても分かるようになった。安定の原真人氏である。

なお記事の感想については、↓が面白そうだったので載せておきます。

 

#むしろ例外 hashtag on Twitter

 

ちなみに私の感想は「ここまで来るともはや宗教のようだ。いやホントに宗教かもしれない。」

 

原真人氏という人物を、私はTHE朝日新聞的な方として捉えている。そういった意味ではブレなく安定しているし、きっととても真面目な方なのだろうと感じている。

 

私が昔書いた卒論のテーマは洗脳だったのだが、洗脳というのは信仰心が強い人ほどかからないものだ。

ちなみに私が当時読んだ本には、洗脳が最も効かなかったのはエホバの証人だと書かれていたように記憶している。

 

信仰心が強いというのは、確固とした絶対を持っているということである。そう、もし朝日新聞という名の宗教があるのであれば、原真人氏は朝日新聞教(具体的には、日本教朝日新聞派)の熱心な信仰者なのではないかと思うのだ。

あ、いきなり日本教という言葉を出してしまいましたが、コレは日本教の社会学という本から取っています。

 

 先日「宗教とは何かが10年以上経ってようやく分かった気がするので書いてみる」という記事を書いた。

 

yokoamijiro.hatenablog.jp

 

この記事の中でも触れているが、日本には確固とした絶対がないかわりに、空気という絶対が存在する

特に昭和期の男性にとっての絶対的な空気は、勤めている企業だったようだ(まあその名残は今でも十分あるのだが)。

原真人氏はこの典型なのではないかと私は思っている。

 

絶対的な空気に支配されているときに、支配されている人間にいくら事実をつきつけても何の効果もない。

そして支配されるかどうかに関しては、高学歴かどうかは関係がない

 

例えば過去オウム真理教のようなカルト宗教に、ナゼ高学歴の人間が多くハマったかという話があった。その際、高学歴の人間には世間知らずが多いからなどと言われていたが、私はそれはズレた回答だと思う。なぜなら高学歴が目立つだけで、学歴の低い信者もオウム真理教にはたくさんいたのだから。

ファンダメンタリスト根本主義者)を見てもよく分かる。信仰というのは、非合理な全くの別モノなのだ。

 

だから「勉強ができる=合理的思考ができる」から、事実をつきければ納得するだろうというのは、大きな間違いなのだと言える。

浜矩子氏a.k.a紫おばさんは、ここ数年ことごとく予想を外している。この事実だけを見ると、エコノミストとしての信用を失っても良さそうなものだが、未だにその社会的地位は変わっていないし、著書も出し続けている。どれくらい売れているのかは分からないが、出し続けられているということは一定数以上売れ続けているのだろう。


また少なくとも法的には独裁者とは言えない安倍晋三氏を独裁者だと叫ぶ人たちが、実際に全原発の稼働ストップという独裁を行った菅直人氏には、むしろエールを送ったりしているのも然りだ。


かくいう私も目下のところ、先の日本教よろしく山本七平氏の論に影響されまくっている最中である。

この山本学が絶対ではないことが頭で分かっていながらも、ふとするとすぐもっていかれそうな感覚に陥る。

良いか悪いかは別として、きっと人とはそういうものなのだろう。相対的な見方を忘れぬように心がけたい。